001

news

2010 3月5日から、また旅に出ます。環境が整い次第 hp を動かします。 何卒ご了承下さい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

”ほんとうに生きるということは、いつも自分は未熟なんだという前提のもとに平気で生きることだ。” 
 岡本太郎 著 「自分の中に毒を持て」 青春文庫
ヤバすぎるパンチライン!!!!!!!!

12月6日(sun) ‘09 日本一スケボーが熱い国、肥後熊本代表 イル・オー aka ジュリー君達のスケボーdvdがいよいよ発売されます! 彼らの映像の凄さはその疾走感にあります。全力で駆け抜けるヨコ乗りの美学。ストリートスリルあふれる浮昇の街並。言葉ではなく、まさに魂の叫びが灯す仲間たちの絆。 kumamoto state of mind 平成版神風連の乱。熱き男たちの終わりなき旅景色。絶対チェックのマスターピース。人間としてアガります!!!是非見て下さい!!

> この度21周年を迎える熊本のSHOP JUNGLE PRESENTSに寄るスケートDVD”JUNGLE
> JAM”が12月6日(日)(JUNGLE先行発売)に発売することになりました。
> (全国発売は12月13日(日曜)となっております。)
> 熊本のSKATERを軸としてJUNGLEに集うARTISTと共同製作しており、全国ではまだまだ無名のSKATERばかりですがかなり一人一人個
> 性が強く味のあるSKATERばかりです。
> (ここがある意味スケーターにとって一番大事なとこかも)
> DVDの音源の方も熊本代表bija,DJ
> TACMAを筆頭に全て熊本のARTISTで製作された音源を使わせてもらっています。(本気レベル高いです)
> 又JUNGLEと交流深い全国各地のSKATER,ARTISTにもGUESTとして参加してもらっております。
> 大都市からの発信だけではなく地方ローカルからも発信できる時代になる事を強く願い、
> そうなれば地方で本気でやっている日本中のSKATER,ARTIST達が必ず良い方向に向かうと確信しているからです。
> そのために今回“JUNGLE JAM”を製作いたしました。
> このDVDを観てもらい地方でやっているSKATER,ARTIST達が『俺たちもやってやろうじゃないか』と立ち上がり本気で日本のシーンが
> 熱くなることを願っております。JUNGLE JAMを観てもらえれば必ず何か…..何か伝わると思っております。
> どうか熊本ローカルの魂の入った作品を観てやってください。宜しく御願いします。
>                                             熊本ローカル 奥脇賢二
>
——————————————————————————–

僕は司馬遼太郎のファンなのですが、彼の本を読んでいて知った、恐るべき外国人の本があります。
 アレックス・カー(alex kerr)  「美しき日本の残像」 朝日文庫 ¥680
この人はヤバイ!!僕みたいなばかでも容易に読める文章で、現代日本のグッドサイド・バッドサイドを明瞭に語っています。本当の日本の良さを理解している数少ない外国人(米国)です。経済成長との引き換えに失われた古き良き日本の美を、日本人になり変って嘆いています。しかも全文日本語!!日本の総理大臣はむしろ、こういう外国人がやった方がいいかもしれません。日本人以上に日本人です。リスペクト!! 

—-ライブペイント告知——

12月5日(土) 熊本 indigo

日本中のスケーターからプロップスを得る九州スケボー界の重鎮、イル・オー aka ジュリー君がdvdを発売します。そのリリースパーティでの、アニバーサリー・ペイントが決定しました。 dvdタイトルは”ジャングル・ジャム”  サウンドトラックはフォグサイレン・レコーディングス.のビジャくん、エイジアン・ゴールドのdjタクマくん、umkdtのy.n.oくん などレぺゼン肥後熊本のトラックメイカーたち。 リアルなストリートスタイルのスケートボード映像作品です。 熊本をはじめ日本各地のマイメン・スケーターが出演します。 僕はロゴ書きで制作に参加させて頂きました。彼のすべりは素人が見てもグルーヴを感じます。凄いの一言、一見の価値あり。 是非見て下い!!!!!

      ---------------------------

  ーーライブペイント告知ーー
栃木県日光市の ホテルジャパン日光内 特設キャンプ場 にて行われるイベント 輪音祭 でライブペイントします。 (9月22日・23日)
  今回も7月に引き続き、スペシャルゲストdjに 世界の音響師 トラックメイカーの calm さんが来日してくれます。重複を恐れずにいえば、この音楽家は間違いなく天才の部類に属するアーティストです。サルバドール・ダリが天才然とした天才だとすれば、calm(敬称略)は言うなれば虚空蔵菩薩的天才です。仏教界で虚空蔵菩薩は“空間”の仏様という側面があります。亡くなった人の三十三回忌の仏様なんですが、拡大解釈すると、亡くなって33年も経つと生前のその人の人となりを知っている人も段々と減り、深く記憶の果てに存在するようになっていきます。 その御霊(ミタマ)は私たちのありふれた日常の、木や水の存在するその“空間”自体に浄化されて、正に”空(くう)となる、みたいなところでしょうか。  ある意味において音も空間の一部であるならば、人間にとってその空間の普遍性はとても大切で、居心地のいい音は、居心地のいい空間と同義であると思います。普遍の定義になぞらえるならば、あって然るべき音も存在するはずで、シチュエーションにも依りますが、静寂の森にセックス・ピストルズでもなければ、ニューヨークの摩天楼にソーラン節でもないと思います。 dj としてのcalmの力量は正にそのへんの空間把握能力の高さがずば抜けているところと、むしろ音楽家という肩書すら凌駕するその佇まいの東洋感覚的奥ゆかしさであると言えます。この”奥ゆかしさ”というワードの現代における重要性を、私たちはもっとガチで考えなくてはいけないと思います。欧米的なキャピタリズムだけではもう世の中の先はある程度答えが出ている気がします。岡倉天心ではないけれど、東洋的、詰まるところの日本的な思考の再発見、”日本の覚醒”を目指す心が必要であると思います。 話がだいぶ逸れましたが、このような種々のことなどを想起させる音楽家 calm さんと再び相見える機会を頂いたこと、そしてその人の今度発売されるmix cdのジャケットに書道家として参加させて頂いたこと、心から光栄に思います。 私の拙いライブペイントなどは見なくてもいいですから、この音楽家の奏でる音だけは絶対にチェケラして下さい!!!   
        ---------------------------

先週の梅雨明け日、熊本からfog silen recordings のトラックメイカー、ビジャ君があそびにきました。幕末歴史ファンの私にとってこのシュチュエーションは、志士たちが諸国の兵、つまり、つわものバイブス を求め、フロウ、つまり 浮浪する ことと同議である。西国肥後藩から 嵐毘闍左衛門 が野州空っ風バイブスを浴びに来たのである。幕末の肥後熊本といえば、横井小楠、宮部鼎蔵があげられる。ちなみに熊本市の下通り、確かイタリアントマトを右に曲がったパーキングの角あたりに、横井小楠は住んでいました。現在その斜向かいに、この毘闍左衛門の盟友である伝説のスケーター、奥脇朱里之慎 aka ジュリーくん( grapevineasia / ugrr )の店、ジャングル があるのです。幕末萌ゆる城下町なんです。さらにちなみに、横井小楠はあの坂本竜馬など、後の維新回天に多大なる功績を遂げる数々の志士に影響を与えた、偉大なる先覚者である。同朋はこの肥後人のリスペクトを決して忘れてはならない。おれは刀を抜き、耳かき棒でぽんぽん手入れをし、北辰一刀流の青眼の構えからウーハーロービート一発、えい!と長い太刀を描き、目の前の虚空を一閃した。エア侍でやった。ガチである。吉田松陰先生のごときは脱藩までしてその遊戯(check !)、失礼、友義に報いたと聞く。何故か?ガチだからである。たぶん論語でもあったと思いますが、旧知の良友と会って話す事ほど 人生楽しいことはない と。 それ やべーね と。  じゃ迎えますか となりまして、ばりんばりんのフルカスタムで、ギンギンのエアロパーツ ビキーン!のアメ車に乗って、スヌープのドギー・ドッグ・ワールド聴きながら走る気分で、思いっきりお父さんのkワゴンを借りて、駅までの道をカっ飛ばした。
———————————————

 

吉田松陰が好きです。ヒップホップで言うとkrs-oneでしょうか?日本の幕末時代に実在したとんでもない先生です。日本国を守るため広く西欧の文明を学ぼうと、国禁を犯して米国船に近づき、幕府に捕えられて切腹した27歳の若き長州藩士(現在の山口県)です。この人の弟子たちが今の日本の原型を作りました。鬼カッコいい男です。しかし、めちゃんこ人に優しかったそうです。生きることの意味の本質を教えてくれる、伝説のティーチャーなんです。司馬遼太郎の ”世に棲む日日 全四巻”   
全てのマイメンに薦めたいと思う本です。
    -------------------------------------

7月10日、フライデーナイトフィーバーしに下北はウェッジ、カームさんのイベントB4Eに行ってきました。とてもぶち上がりました。フロアがバイブス熱くてクラブサウンドチューンのカームを満喫、焼酎を沢山飲みすぎて大酔っぱらい、朝までクラブの端の階段下でくたばるという素晴らしい夜を過ごしました。気づいたら7じ11分。ガンガンの頭に流れる珠玉のメロディは、キング・オブ・ポップのyou are not alone  下北沢の朝が土曜日のバイブスで染まり始め、北沢八幡の木々がゆっくりと葉を靡かせていた。僕はローソンのトイレに駆け込み、ゆうべの思い出をすべてリバースした。カームさん、ゆうちゃん、黙って帰ってマジごめんね!
    ---------------------------------

私は現在三十七歳になります。友達付き合いする仲間は段々と年下の人たちが増え、いつの間にかその場で一番年長の立場に置かれる機会がよくあります。先輩としての目線で物事を言うケースや、年長者としての振る舞いを余儀なくされる場面も多々あります。年上というだけで何も偉そうなことは言えないのですが、自分の経験上知っていることを伝えたり、アドバイス的な発言をすることもしばしばです。たまにそんな状況がとても疎ましく思うことがあります。仲間、あるいは友達としてあくまでも同じ目線の話しをして、年齢も立場も関係なく語り合うことが最良のコミュニケーションのあり方の一つとすれば、儒教色の濃い日本的な縦社会の仕組みはとても窮屈に感じます。現時点私が指導的な書道の立場をとらない理由は、書道人生に於いて、自分の書の境地を高めることと、それを人に伝える境地は違うからだと思っているからです。もっと自分の書の境地を上げてからでないと、指導や教授などといった所謂先生家業はとてもやれる気がしません。そうでなくとも多事だらしないことばかりの私には、人に教えるなんておこがましいことは不似合いだと思います。世の中に完璧な人間なんていません。そんな人がいたらそれこそ現人神です。それに近い人もいるはいるでしょうが、私はそんな人とは友達になりたくありません。気持ち悪いからです。誰しも人は多かれ少なかれ悩みを抱え、不安を抱き、嫉妬し、妬み、ネガティヴな感情を晒すことがあると思います。それほど人間は弱さを持っている証拠であり、それほど人間は強くない証明だと思います。でも私はそんな人間の方が好きです。その弱さ、その自信のなさごと曝け出してくれる人が、真の友達ではなかろうかと思います。不器用万歳です。奢らず、気負わず、高飛車にならずに人に接することができたら、どんなに素晴らしいことでしょう。しかし、そう出来ない時の方が多いのは、人も自分も同じ弱さを持つ人間だからです。弱いがゆえに支えあい、弱いがゆえにまた、弱さを知るのでしょう。そんな弱さを正直に曝け出せる強い人間に、いつか私はなりたいと思いながら日々、我道の舗装工事に励んでいます。そしていつか、そんなことを柔和な感情で人に伝えられるような書道の先生になりたいです。
      ------------------------------                

 7月5日、日光市森友の ”古民家酒房 菜音” で開店5周年記念イベントのライブペインティングをしました。スペシャルゲストdjは、世界の音響師、二アリー・ゴッド  ”calm” さん!! という光栄極まりないセッティングの中でのアクトでした。とにかく終始楽しいヴァイブスのイベントで、老若男女を問わず、グッドミュージックに酔い痴れた上質な時間を過ごし、沢山来ていたお客さんで一人としてシラけた人がなく、飲んで、食べて、笑っていました。見事としか言いようのないプレイでした。しかも、驚嘆するのは3時から11時までたった一人で8時間プレイだったことです。何たる集中力!! バケモノです。いつもそのようなプレイをしているとは存じていましたが、目の当たりにしてそのヤバさを痛感しました。並の人間では真似できないスタイルです。プロは違うなぁと改めて思いました。本当に選曲が素晴らしく、何度も音にまどろんで放心していました。旧知の友と語らい、見ず知らずの人と触れ合い、珠玉のメロディに心躍らせ、穏やかに過ぎて行く時間の中で、ポジティヴサイドのあらゆる感情がまるで清流の如くフロウして、何故か懐かしい気分になりました。イベントが終わった時は、小学生時代の夏休みが終わった時と同じ気分で、勝手に切なくなっていました。片付けをしている周りの人が、やけに大人に見えました。楽しいパーティが終わる事ほど無情なものはありません。現実を受け入れたくない私は、誰かの飲み残しの酒を無理矢理あおって、目に見えないパーティの終わりという名の悪魔と戦っていました。それほどに楽しい時間でした。この場を借りてカームさん並びに関係者各位の方々に、深く深く感謝の意を表します。楽しい時間をありがとうございました。この思い出は、質のいい鈴の音のように、私の心の中で長くリバーブすることでしょう。 
     ---------------------------------------

2008年の9月30日から10月25日まで、僕は四国八十八箇所巡礼をしました。所謂 ”お遍路さん” です。順打ちといって、一番札所から八十八番札所へ回るルートが一般的ですが、どうせなら逆さに回ろうと思い、逆打ちという八十八番札所から一番札所へ回るルートを、野宿をしながら徒歩で巡礼しました。地図もあまり頼りにならないハードな旅でしたが、めちゃんこ気合を入れて二十六日間で結願しました。平均すると一日約四十五、六キロ歩いた計算になります。この過酷さは到底言葉には言い表すことは出来ません。フルマラソン以上の距離数を雨の日も、風の日も、足のまめを潰しても、熱が出ても、毎日歩き続けました。順打ちなら大抵道連れが出来たりするものですが、逆打ちの場合はそれをやる人が極めてまれなので道中ずっと独りで歩きました。足のまめが半端じゃないので香川、愛媛と来て高知に入ったらのんびり歩こうと思っていたところ、高知最初の三十九番札所のお寺で、上品な白人のおばさんと知り合い、ぼくは一そう歩くペースを速めました。フランス系カナダ人のdianeさんというブッディストでした。書道が好きで空海を知り、お遍路さん文化に興味を持ち、たった一人でやってきた人でした。よく晴れた昼下がり、二人とも足を痛めながらベンチに腰かけ、お互い 100分の5 程度の英語と日本語をたどたどしく使いながら、それぞれの旅の出来事や書道の事など、色々な話しをしました。その人は日本の地図さえ読めず、迷っても人に聞くことさえ出来ず、足の痛みを堪えながら、たった独りで歩いていました。ぼくは自分が恥ずかしくなりました。この人に比べたら、なんて容易い旅だろうと、甘ったれかけた己の駄心を強く反省しました。別にそれまでダラダラ歩いていた訳ではないのですが、すれ違う半ば観光的な日本人お遍路さんを見ると、ストイックな心を溶かされて、まあこのくらいでいいかという中途半端な感情に流されていました。最初の清高な思いから離れ、楽な方へ考えを持っていこうとしていました。そんな折dianeさんに会い、改めてこの旅の修業的意味合いを再認識し、更なる境地へ行きたいならもっとガチでやらなければと思い直しました。あのとき彼女に会わなければ、26日で結願することはなかったでしょう。恐らくもっと観光に近い形での思い出しか残らなかったでしょう。日本人スキルを上げようと四国まで来た僕に、純粋なその精神の美学を教えてくれたのは、図らずもdianeさんでした。お遍路さんをしていると、お大師さんが何かに化けて助けてくれるといったような言い伝えがあるそうですが、まさか外国人の女性に化けて出てくるとは、お大師さんもなかなかマルナカ、艶のあることをしなさると、関心しました。
—————————————————-

私が書道を始めた理由の一つは、バックパッカーとして外国を旅したときに、それぞれの国で出会った人たちや、その国に私と同じように旅で訪れていた人たちが、ごく自然な感覚として、自国の文化に誇りを持って生きているのを目の当たりにしたことが挙げられます。十代の頃から洋楽などを聴くようになり、海外、ことアメリカに対して強く憧れを抱きました。テレビや雑誌や映画から見聞きするそれらの文化はとても解放感があり、日本なんてぬかみそ臭くて全然イケてないと勝手に思っていました。二十歳のときにアメリカを旅してその思いが益々強固になり、帰国してからもアメリカの風に吹かれたままの自分がいました。海外に対する憧れは止まず、四年後今度はアフリカに出掛けました。アメリカの時と同様、安宿を転々としながら沢山の外国人や土地の人たちとコミュニケーションをとる機会がありました。その中で痛感したことは、自分は自国の文化に全く精通していないという恥ずべき事実でした。彼らは僕を通し日本及び日本文化を知ろうとしているのに、それについて僕はほとんど答えられませんでした。自国の素晴らしさも知らずに外国を旅したところでただの根なし草に過ぎず、真の国際交流には繋がらないと感じました。アフリカの大地で初めて日本国を意識し、帰国したら次は日本を旅しようと決意しました。日本人として日本文化を自らに取り入れ、誇り高い自分になろうと思いました。一年間のトレーニングをし、北海道の稚内から鹿児島の佐多岬まで徒歩で約二カ月かけて縦断、その後すぐに地元の書道塾に入門しました。たくさんある日本文化の中で書道を選んだのは、書くことが一番好きだったからです。これを軸にスーパージャップになる!と思ったからです。真の愛国心とは、それぞれの文化を互いに尊重し、相手の文化を認めた上で尚且つ自国の文化に誇り高く生きることだと思います。計らずも外国体験で得た境地は愛国心という揺るぎないアイデンティティでした。書道を通じて表現したいことの一つであります。
    ---------------------------------------

書道の歴史の中で一番重要視されている古典は、王羲之(おうぎし)の蘭亭叙(らんていじょ)という古典です。初めて見た時、これが何故に素晴らしいとされるのか全然わかりませんでした。見れば分かるのですが、書き直してある箇所があったり、前半の文字と後半の文字ではテイストが変わっていたり、上手いのこれ?っていう代物なんです。本原稿前の草稿みたいな感じで、当時の僕にはよっぽど欧陽詢(おうようじゅん)の九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)の方がヤバイと感じました。
書道の古典は必ずしも上手に書かれたものばかりがビガップされている訳ではありません。それを書いた人の時代背景によるその生き様や、書かれている内容なども古典としての重要な要素です。蘭亭叙の内容のダシには“無為自然”の心があります。作為の無さ、自然さ、大らかさなど普遍の境地が表れています。
ローリング・ストーンズのキース・リチャーズよりギターの上手い人はごまんといるでしょう。野茂よりもイチローの方がビッグネームかも知れません。もし芸術が技術至上主義だけならば、芸大出た人じゃないと芸術について語ることは出来ません。遺跡から発掘される大昔しの土偶よりも、僕の方がもっとうまく人の顔を粘土でつくれます。では何故それらが素晴らしいのか?技術なんて言葉では小さすぎて表現しきれない、創造のバイブス、スタイル、情熱が心に訴える感動があるからだと思います。表現者として技術も大切ですが、それ以上に大切なものがあって、ぼくはそれを”心”という言葉で理解しています。これが芸術の要諦だと信じます。僕が王羲之の蘭亭叙に学んだことの、数少ない境地の一つであります。これからも拙を守り、己の心の境地を一歩でも上げられるよう、日々精進して参りたいと思う所存で御座います。
    --------------------------------------

書道の中でも私が一番好きなものは篆書です。最初は隷書の曹全碑がきれいに見えて曹全碑ばかり習っていましたが、あるとき泰山刻石の法帖を見て隷書よりもかっこいいと思い、すっかり篆書に傾倒し、鄧石如にのめり込みました。その後は呉譲之、趙之謙、楊沂孫そして呉昌碩など、篆書と見れば臨んで書きました。行書のような変化球勝負の球より、直球勝負の篆書がとても好きでした。東京で暮らしていた時は、是非豪徳寺で暮らしたいと思っていましたが、丁度いい部屋がなく程近くの若林に住んでいました。豪徳寺には、近代日本書道界のアイザック・ヘイズ、aka 日下部鳴鶴翁のお墓があり、その墓標の文字を近代中国書道界のジミ・ヘンドリクス、 aka 呉昌碩翁が揮毫(ボム)していると言う、まるでbomb the system ばりのアツいストーリーがあるのです。その筆跡が見たくて、鳴鶴翁のお墓参りと自らの書道の発展の祈願を兼ね、三度ほどお線香を上げに行ったことがあります。その度に書の境地が一つ上がった気になり、勝手に嬉しくなって喜んでいたことを今でも懐かしく思います。
—————————————————————————-

この話を頂いた時、不肖柿沼鬼山、身も世もなく喜びを感じました。書道をやっていて本当によかったと思いました。世界の音師カームさんがこの秋、ディスクユニオン限定のミックスcdを発売します。そのcdのジャケットをu.g.r.r 歓喜くんと僕でデザインすることになりました。まだ制作段階なのででき次第アップします。
—————————————————————–

私の書の道の要諦には笑いがあります。基本は日本のオールドスクーラー、昭和最大爆笑crew aka ザ・ドリフターズ です。リーダーいかりや長介は、ウータンで言ったらrzaです。志村はモス・デフ、加トちゃんはタリブ・クウェリ、仲本工事がカニエ・ウェストで高木ブーはマッド・リブです。なかば無理矢理です。 
—————————————————————–

文字を切り抜いて言葉を並べただけでも書道といえると思いました。方法論で言えば、レディメイドと山下清とアートフォームとしてのヒップホップに於けるサンプリングの考え方から流れを汲みます。芸術は考え方だと思います。例えば中村俊輔のフリーキック、これは芸術と言えます。何が芸術であるかないかは十人十色なので、比べたりできない事です。梅雨の晴れ間に咲く紫陽花の葉に光る玉水、これも芸術と言えます。その意味で言えば自然が一番芸術です。だからナチュラリズムは大切なんですね。より自然であること、書道家として高めて行きたい境地の一つです。
———————————————————————–

先日日光にてトラックメイカー・djのcalmさんとお会いしました。まるで仙人、生ける虚空蔵菩薩、ETの自転車、アバオアクーの音楽室、消える魔球、akaを考え出したら日が暮れるほど深い深い人物でした。この人の音はジャンルでは括れません。即時則音の六感により、その場その時の最高音響を鳴らし、浮き世の狭間のひと時を音の力で浮浪させ、しかも無音すら奏でるというとんでもない技を使います。最早技でなく術です。  ”音は突き詰めると空間なんだよ。”という言葉を仰っていました。一言で、新たな境地を観得しました。 アーチストは作品以上にその人間性がもっと大切だと、常日頃自思しております。その意味に於いても境地を糺せました。
音響師 ”calm” は人間自体にマスタリングしてあるかのような風韻の高い心の方で、会えて本当に嬉しかったです。今も気分がいいです!!
—————————————————————

最近ハマっている音はilla-j のyancey boysです。王道中の王道ですがそれだけにやはり、深い味わいといい音鳴りがします。j-dillaのトラックは角がマロくて耳に突き刺さってこない感じの音だから好きです。
———————————————————————-

私、書道家 柿沼鬼山こと mad calligraphy system のアートワークチーム jmex は、映像作家 mad masyrum(マッド・マシラム)とのタッグによって創られています。 僕の盟友であり、人間的にもとても尊敬している人物です。アート界の藤子不二雄と呼ばれるように、研鑽の日々を送っている次第です。
彼の映像がユーチューブで見れますので、是非鑑賞してみて下さい。 吉田松陰の歌のように、心の声がそのまま表れているはずです。

mad masyrum 映像作品

http://www.youtube.com/user/madmasyrum